昔、おばあちゃんが林檎を切ったあと、塩水につけてからお皿に出してくれていたんです。
母も、同じようにしてくれていました。
だから、気がついたら私も、林檎を食べる時、塩水につけてから食べていたんですよね。
皆さんは、林檎を食べる前、どうしてますか??
これね、特に説明をされたことは無かったけど、林檎を剥いたら塩水につけることで
「酸化」を防いでくれていたんですよね!?
私の中では当たり前のことだったんだけど、最近、コレを知らない子供が増えてきているんですって!!
もし、お子さんと一緒に林檎を剥いて食べる機会があったら、実験のようにして見せてあげて欲しいな〜〜。
「酸化」防止と、ほら、塩水につけることで、ちょっと甘みが増す気がしません?
すいかに塩をかけるように。。。←ちょっと趣旨がズレました。汗。
「食育」という言葉って、どんなイメージ?
今日は、「食育」という言葉のイメージを聞いてみたくて。
皆さんは、「食育」って言葉を聞いて、どんなイメージがありますか?
私は、今でこそ、スーパーフードアドバイザーとして活動をしているので
「食育」という言葉を使って色んなお話をさせて頂いているんですけど
この活動をする前までの私の「食育」のイメージって、今よりもっと抽象的でした。
以前の私が思っていた「食育」のイメージは
愛情たっぷりのご飯を食べることで、心が育つ
というイメージ。
このイメージは、今でも間違いではないし、食育を学べば学ぶほど
「生きるための食」ということは、このイメージの根源であると思います。
そしてなぜ、以前の私がそんなイメージを持ったのかというと。
ある日の出来事がキッカケでした。
荒れた食生活の日々の中で気付かされた出来事
20代前半の頃、仕事に追われ、ただ寝るためだけに帰宅していたような生活の中
私の食生活は荒れに荒れていました。
帰宅途中のコンビニで夕飯と翌日の朝食を買い、一人、テレビを見ながら夕飯を食べる。
たまに友人や同僚と外食をすることはあっても、自炊では無かったですね。
そんな生活をしていると、自分で自分のために作る食事というのは、簡単で、何が食べたいという願望もなく、ただただ「何かを食べる」という作業的な感じになっていました。
特にソレを変えようともあまり思っていなかったと思います。
ただ、なぜか心に虚しさみたいな気持ちがあったように思いますね。
今、思うと。
そんな時、実家の母から宅急便で届いた荷物の中に、沢山の野菜と母お手製の「おかず」が入っていて、「わぁ〜〜〜〜〜」と、一人、喜んだ日のことを、10年以上経った今でも覚えています。
その時に、ふっと思ったのです。
「この感覚が「食育」って言うんだろうな」と。
懐かしい味というだけでなく、その「おかず」からは
母の愛情を感じたんです。
一緒に生活しているわけではないだけど、そこには「娘を想う母の気持ち」が感じられて←勝手に。w
おかずから、「愛情」という形のないものが、形になって表れたように思ったんです。
そして、自分が充電されるような。
「明日も笑顔でお仕事しよ〜〜」
って、自然に思えるような。そんな気分になりました。
今、自分のために・誰かのために、お食事を作っている方も多いと思います。
その時、どこか「作業的」になっていませんか?
確かに、仕事に追われたり、日々の家事に追われていると
いつもいつも「おかず」のことばかり考えて疲れてしまう。
一日24時間。
時間が足りないーーーー!!!と思うこともありますよね!?
ある時期、フルタイム+残業有りの仕事をしていたころ
恋人のために、せっせと夕飯を作っていた時期がありました。
もう、その頃は、心の底から〝働くお母さん〟を尊敬しましたね。←今もです!!
仕事で疲れていても、愛する誰かのために、夕飯の準備をする。
栄養のあるもの、疲れを癒すものを食べてもらいたい。と思って
あれこれ考えて。帰ったら、すぐ夕飯の準備!
朝の支度も戦争ですけど、夜も戦争ですね。
その時に、手軽にご飯を作れるもの
「お惣菜」や「レトルト」というのが役に立つ。と思いました。
だから、今、スーパーフードアドバイザーという立場に立ったとしても
働く女性の大変さは、痛いほど分かるのです。
そこに、添加物はNGとか、白砂糖はNGとか色々言われても
大変なのも分かるのです。
ただね、その時に思うのです
「林檎を剥いた後、塩水につける一手間は、おばあちゃんの・お母さんの愛情だったんだな」と。
全てを変えるということが言いたいのではないのです
じゃあ、なんで、色々言うんだ?と思いますよね。
ソレは、日々、私が発信している情報を少しでも日常に取り入れて頂いて
少しでも頭の片隅で覚えて頂いて、何かの行動が変わって下さったら嬉しいな。と思うからです。
アトピーであることも、アトピーではない方から見たら、関係のないことと思われがちですが
私は自分がアトピーであることが「食」を学ぶキッカケになっただけであって、全ての人に「食」のことを伝えたいのです。
今回のお話のように、元々はアトピーである以前に、私は母から届いた宅急便によって
「食育」と言う言葉を考えました。イメージしました。
その時と同じように、今、みなさんが口にしているものは、心にも影響するんだということを、これからも伝えて行きたい。という想いでこのブログを書いています。
その一手間が「愛」の証
ちょっと話が逸れて、熱く語ってしまいましたね!?
なぜ、林檎の塩水が「愛」なのかというと。
ソレは、誰かのためであり、自分に対しての「愛情」の表れなんです。
林檎は剥いた後、塩水につけないと酸化して茶色に色が変色しますよね。
その茶色になった林檎を食べる。というのは、酸化した林檎を食べることになります。
そこで錆止めでもある塩水に一度くぐらせた林檎は、変色することなく食べることができる。
「錆びた林檎」と「錆びていない林檎」
どちらが食べたい?と聞かれたら
「錆びていない林檎」を食べたいですよね!?
ソレなんです。その気持ちなんです。
少しでも体に良いものを食べたい。食べてもらいたい。
おばあちゃんや、お母さんは、そんな気持ちで食事を作ってくれていたんだな。
と、思うんです。
そして自分も、自分や大切な人に対して、そうありたいと思うんです。
家事サポートをしていて意識していること
今、出張の多い友人の家事サポートをしています。
お子さんが3人いるんですね。
実は私、誰かに「ごはん」を作るのが
ほっっっっっんとに苦手なんです!!!!!!!!
スーパーフードアドバイザーだから料理が得意なのか?って。
そんなことはありません。汗。
むしろ、苦手だからこそ「ちょい足し」でより良い栄養素が採れるスーパーフードに魅了されたのです……ザ☆暴露。
ただね、先にもお話したように、食事って愛情を感じるから。
お母さんが出張で一緒に居られなくて寂しいはずの子供たちに
少しでも愛情が伝われば良いな♡という思いで、ご飯を作っています。
ちなみに今日は
鮭を焼いて、炒飯にしました。
風邪が流行っているし、私自身も久しぶりに喉風邪を引いてしまい
友人のお嬢さんも風邪気味だったので、ネギをたっぷり入れて。
コレは、保温しすぎてパサついた白米を、どうしたら食べてくれるかな?と考えた時に、私の母が作ってくれた炒飯を思い出して作りました。
この時の一手間は、瓶詰めの鮭ではなく、生の鮭を焼いてからほぐし入れること。
鮭の皮も千切りにして一緒に炒めること。
そうすることで、いらない保存料や添加物を避けることができますし、栄養のある皮と身の間の良質な油も一緒に摂ることができます。
この一手間が、彼らへの、私なりの愛情表現です。
お陰様で、いつも食の細いお嬢さんもお代わりをするほど沢山食べてくれました!
いつまで続くか分からない家事サポートなのですが
彼らにご飯を作る限り、私から彼らにできる愛情表現は食事なんだと思うので
苦手な料理を克服するべく、頑張ります!!w
風邪を引いてしまい、更新できずにおりましたら、なんだか色々な想いが強くなりまして、熱いブログになりました。
これからもお付き合い頂けたら幸いです♡ Ryoko